iCHi's diary~本は読みたし、はかどらず~

主に読書録。読み終えた本がこのまま砂のように忘却の彼方に忘れ去られるのが申し訳ないので、書き留める。要は忘れっぽい読者の読書日記。

「天才による凡人のための短歌教室」ヤバい言葉遊び

強気なタイトル、木下達也の「天才による凡人のための短歌教室」を読んだ。

 

 

 

あらゆる創作をする人たちに刺さる良書だと思う。

短歌の良し悪しどこで決まるのか全くピンと来てなかったわ・・・

というか、イケてる短歌とイケてない短歌の違いが自分に割らないんじゃないかと思っていた。

しかし、読者の元歌を木下さんが推敲したものを読む、読みやすさが全然違うし、ストンと入り込んでくる。

ほんの数文字、使う言葉や順番をかえることで驚くほど「よい」のだ。

ためしに一つ、引用する。

 

元歌:静寂の眠りの海に潜れない身体が浮いて打ち寄せられる 森本尚子

推敲:あたたかいねむりの海へ潜れずに朝の岸辺へ打ち上げられる 木下龍也

もちろんこのように歌を作り直した理由が丁寧に書かれている、この歌ならば例えば潜れないと身体が浮くのは同じことなので削除する。など。

 

全ての言葉を吟味してここにこの言葉を当てはめる理由が考え抜かれている。
同じことをすぐ自分ができるかどうかは別にして、。とても分かりやすい

読み終わったらなんだか一句読めるような気がしてくる。

 

まさしく天才による凡人のための短歌教室

 

ただこのタイトル、大抵の人は「言うてくれるじゃないの!」と思うかもしれないが、実は額面通りに受け取ってはいけない。

 

僕にとって僕は短歌の天才になり得ない

僕が作った短歌はこの世で最もつまらない、種も仕掛けもある手品のようなものだ

僕の短歌は僕の胸をどうしても打ち抜くことができない

だからこの教室は僕にとっての天才を見つけるためだ

あなたという短歌の天才が目の前に立ちはだかる日を

僕にまいりましたと言わせてくれる日を僕は待っている。

 

 

かなり意訳になったが要するに「天才は自分ではない」そういうことらしい。

 

日本語をしゃべっていれば何となく「短歌っぽいも」のを57577で作ることは簡単だ。でもある程度のルールに則り、そこにエモさを入れようと思うと結構難しい

なんちゃって短歌ではなく短歌を始めたい私にはすごく刺さる本でした。

どこが色々刺さったかうまく言えないので目次をいくつか引用する

 

歌人と名乗れ

テレビを見ろ新聞を読め

定型を守れ。余白に甘えるな。

目を閉じてよく見ろ。

音を意識しろ。

文字列をデザインせよ。

(困ったら)雨を降らせろ、月を出せ。花を咲かせろ。鳥を飛ばせろ、風を吹かせろ。光らせろ。誰か、何かを待て。時間、空の様子、季節を述べろ

きらきら光るな。

死をいじくり倒せ。

神をいじくり倒せ。

メッセージではなくパッケージを盗め。

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ね、おもしろそうでしょ?

 

休に短歌熱が上がった理由

最近読んだ本で、推しを語るのにヤバいしかでてこなくてヤバい、みたいな本があって、とにかくこの思いの丈を言語化したいのに、言葉が出てこない。

そのもどかしさについて解決しようと試みる本だ。

 

その中で穂村弘の「短歌ください」が引用されており、つらつらと眺めてるうちに今なら短歌、イケるかけるかもしんない!と思った次第。

 

要するに年を取ったら、膝や腰が痛くなるのと同様に、着物を着たくなったり短歌を書いたりしたくなる症状みたいなものなんじゃないかな。知らんけど?

 

ちなみにこの、ヤバい!という言葉は、嘆かわしい日本語の崩壊ではなく、古語で言う「あはれなり」なんですって。

悲しさも嬉しさも上限まで溢れそうなこと気持ち・・・感情が最高到達点に達した状態が、「あはれ」なので、良いことも悪いこともヤバいでまとめている今とほんとに同じなのだ。

新しい言葉が生み出されてるけれど、感覚としては古今和歌集の時代から全く同じなんだなと。とにかくいとあわれな短歌を読みたい!むくむく思い始めたのである。

 

読見終わってみて

何句か作ってみたけれど、とても時間がかかった。
時間はかかったけど楽しかったので、歌人を名乗るためにX に投句。

 

その歌はフォロワー0のアカウントの中で誰ともつながってない/ようこ

 

せっかくのゴールデンウィークどこにも行けないのならせめて頭の中で新しいこと始めるのもよし。あわれなり!

 

次に読みたい本