似鳥 鶏の「みんなで決めた真実」を読んだ。
裁判の様子って、テレビやカメラが入れないので今ただにニュースなどでは「実際に傍聴した人のあまりうまくない似顔絵」が使われている。
(調べたら、法廷画というジャンルがちゃんとあるらしい。あまりうまくない、っていうのは大変失礼でした。とにかく素早く描くことが求められるプロのお仕事)
これって良く考えたら不思議だよな、から転じて「もし法廷での撮影がOKになったら」というifのお話。
法廷の様子が撮影OKになったら、もちろんテレビカメラが入るようになる。
そして、話題の事件は生中継さて視聴率が上がる。っと、ここまでは想像できるんだけど、この小説では、裁判がショーと化し、恋愛リアリティならぬ名探偵解決編リアリティになってしまうところまで行ってしまう。
人気の「名探偵」が登場し、事件のあらましが流され「犯人はあなただ!」と糾弾する。(確かにあれば見るかも)
しかも行き過ぎたテレビ局は、そのうちに事件の犯人を「関係者の中でも最もテレビ映えする人物」にさだめ決め打ちの犯人ありきで、台本を作りだす。
ここまで来るとあんまりだが、犯人を割り当てられてしまった人は、必ず動機に深く共感され、情状酌量され、その後はテレビに元犯人としてコメンテーターとして登場するというメリットもあるため、唯々諾々と犯人を引き受けてしまう。
そんなあんまりな!と思うけど、まんざら笑えないと言うか、常に新しいコンテンツを探している欲しがりな視聴者のために、テレビマンたちは見境なく新分野を開拓しているのを知っているので、あいつらやるかもな、とも思ってしまう。
まさしく、裁判の結果を視聴者たちの「お気持ち」民意で決めてしまう世の中になってしまうのだが主人公の「司法は民主主義ではない」という一言に、そういやそうだわ、と中学の社会で習ったことを思い出す。
民主主義、すべてよし、みたいに思っていたけど、裁判の結果はこんな風に民主主義的にみんなで決めて良いものではないのだ。
危ない危ない。危うく賛成に一票投じてしまうところだった。
もちろん、エンタメ小説なので最期は「名探偵」ショーを終わらせるために、引退した名探偵の師匠「じいちゃん」が登場し、さっそうと名探偵の推理をひっくり返す。
「じいちゃん」もかっこいいが謎の介護士「安藤さん」も計り知れない魅力がある。
あの人だけでスピンオフの小説が書けそうだ。
あとがきも楽しかった。
犯人はあなた。
名探偵がそう決めました。
裁判中継が国民的娯楽に!?
真実なき時代のモキュメンタル・ミステリ!!
裁判の生中継番組が一大エンターテイメントとなり、「名探偵」が活躍するようになった社会。
法学部生の僕はじいちゃんと裁判中継を観ていた。
一瞬でトリックを暴く名探偵。有罪は確定。
しかし、じいちゃんは言う。
名探偵の推理は間違っている。
凄腕の探偵だったじいちゃんは法廷でかつての弟子と推理対決をすることに――。
論理(ロジック)の刃は、空気で決まる“真実(フェイク)”を切り裂くか?
次に読みたい本
あとがきで紹介されていた本
いつか読まねばと思いつつ未読。これって紙の本じゃなくても大丈夫なやつでしたっけ?なんか紙じゃないとわからない仕掛けがあるんでしたっけ?

