坂口 安吾 (著), 近藤 ようこ (著) の「戦争と一人の女」を読んだ。
無頼派として知られる坂口安吾のこの小説は、実は江口のりこ主演で映画化もされているらしい。
戦争という大きな災難の中で、刹那的に生きようとする女の美しい顔とどこまでもへなちょこな男の顔が印象深い作品だった。
もはや戦後80年を超え、当時を知る人はどんどん少なくなっている。
戦時下はやはり、私たちが授業で教わった通り「悲惨」で「大変」だったようだ。
けれど、すべての人たちが同じように「勝つと信じて耐え忍んで」いたわけではないらしい。
よかった。
全員がマインドコントロールされていたのかと思っていたけれど、正々堂々と「どうせこの戦争は終わる」と思っていた人も多かったのかもしれない。
厳しい言論統制があったので表現されていないだけで、みなしたたかに、冷静に終わりを見据えていたのかもしれない。
そういう意味では、現代を生きる私たちとほとんど変わらない。
戦争と自分の間には、何かしっかりした区別があるような気がしていた。
私なんかが戦時下では生きていけないような気がしていた。
けれど、こうしてみると、そこにも私たちと何も変わらない人間模様が繰り広げられていたことがわかる。
言い換えるなら、今の日本が急に戦争に突入する可能性だって、ないとは言いきれない。
そうなったからといって人生は止まるわけではなく、私たちはいろいろなことを考えながら、やはり必死で生きていくのだろう。
つまり、戦争は私たちの環境を大きく変える。
けれど、私たち自身を変えたり、損なったりするのは、いつでも自分自身なのかもしれない。
もしかして数年後に、私は「とんでもなくぬるいことを言っていたな」と反省したりするのだろうか。
まんざら対岸の火事ではなくなってきている。
私たちはもしかしたら、茹でガエルのように、気がついたら逃げどきを逃しているのかもしれない。
だとしたら嫌だな。
というより、若者に申し訳ない気がする。
開いて最初の頁の女の顔。
恐れだけではない、何かを期待するような破滅に向かう女の顔が、こんなシンプルな線でかけるとは。すごい。

著者が6年がかりで描き下ろした意欲作。敗戦の気配を察知して日本に絶望する虚無的な小説家と、過去に女郎屋、飲み屋で働いていた不感症の女。戦争に生かされた二人の刹那的な同棲は、空襲の日々で高ぶり、そして終戦で終わりを告げる…。戦争への興味から坂口安吾の異色作に入り込み、膨大な資料による時代考証と、原作であるGHQ検閲前の無削除版「戦争と一人の女」、「続戦争と女」「私は海をだきしめていたい」を一つの話に構成しマンガで表現。坂口安吾と近藤ようこのコラボレーションによる最高傑作が遂に誕生!
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