山本文緒の「恋愛中毒」を読んだ。
人を愛するという行為が、ここまで恐ろしく見える小説もなかなかない。
主人公の水無月のどうしようもなさに、最初は呆れ、次に同情し、やがて畏れのような感情が湧いてくる。
「恋愛中毒」というタイトルは、まさに言い得て妙で、今の言葉で言えば依存症に近い。恋愛というより、もうすっかり病気である。
水無月は、きっと「愛する」ということをどこかで大きく誤解しているのだと思う。
彼女の愛は、ブラックホールのようにすべてを飲み尽くそうとする。どれだけ相手に与えられても満たされず、もっと、もっと、と求め続ける。愛は優しい毛布ではなく、執着となって、自分も相手もガチガチに絡め取る茨のようだ。
そんなふうにしか人を愛せないのは、どうしてなんだろう。
人を愛するって、そもそもどういうことなんだろう。
今さらながら私は水無月にとやかく言えるほど、誰かを正しく愛したことはないのかも知れない。
相手の視線のすべてを自分に向けたくて、どうしたら彼の役に立てるかばかり考えて、最終的には破滅的な行動ばかりしてしまう。
役に立ちたい、支えたい、愛されたい。
その感情ひとつひとつは間違っていないような気がする。でも水無月の場合、そすべてが過剰で破壊的でそして誰も幸せにならない。
あらすじには「究極の恋愛小説」とあったけれど、私にはどちらかというと、人間の性というか、執着がいかにためにならないかを教えてくれる物語に思えた。
仏教用語でいうなら愛別離苦。いや、もっと言うと、誰でも一歩間違えたら水無月側に落ちるかもしれない怖さを学ぶテキストである。恋愛小説というより、むしろホラーだと思った。
あと、時代柄なのか、飲酒運転に対する倫理観がとてもルーズなのと、いかにもバブル期な景気の良い話には、今の若者ならけっこう引いちゃうんじゃないかなと思ってしまった。そこも含めて、時代の空気が濃い。
それにしても、山本文緒は「危ない女」を書かせたらピカイチだなぁ。
「恋愛中毒」の水無月は、怖い。怖いけどどこかここまで人を全力出会いすることもまた一つの才能かも知れない、とちょっと憧れてしまう人もでてきそうだ。
良いことなのか、悪いことなのか読者それぞれの胸の中でどちらに転ぶかわからないところが、いちばん怖いのである。
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もう神様にお願いするのはやめよう。――どうか、どうか、私。これから先の人生、他人を愛しすぎないように。他人を愛するぐらいなら、自分自身を愛するように。哀しい祈りを貫きとおそうとする水無月。彼女の堅く閉ざされた心に、小説家創路は強引に踏み込んできた。人を愛することがなければこれほど苦しむ事もなかったのに。世界の一部にすぎないはずの恋が私のすべてをしばりつけるのはどうしてなんだろう。吉川英治文学新人賞を受賞した恋愛小説の最高傑作。
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