芦沢央の「雨利終活写真館」を読んだ。
人はいつか死ぬ。そんなことは分かっている。分かっているのに、まさか今日が最後の日だとは思わずに、つまらないことで怒ったり、雑な言葉を投げたりしてしまう。
もし「これが最後に交わす言葉です」と事前に教えてもらえたら、もう少し優しくできるのに。だけどヒトはすぐにわすれてしまうから。
だからこそ、後悔というものは厄介なのだ。
芦沢央の「雨利終活写真館」は、死者の写真を通して、残された人の心のしこりを描く物語である。
主人公のハナは、父親とつまらないことで口喧嘩をする。「お父さんがいる間は、もう二度と実家には戻ってこない」。そんな捨て台詞を吐いた、ほんの一週間後、父親は突然亡くなってしまう。
これはきつい。
最後の言葉がそれだった、というのは、なかなかの呪いである。謝りたくても謝れない。言い直したくても言い直せない。死別のつらさに、罪悪感まで上乗せされるのだから、そりゃあハナもしんどいだろうと思う。
思うのだが。
どうにもハナに、いまいち感情移入しきれなかった。
もちろん、彼女にもそういう言葉をぶつけてしまうだけのストレスがあったのだろうし、かわいそうな点もたくさんある。父との関係も、単純に「もっと大切にすればよかったね」で済む話ではない。
ただ、同じように母親(ハナにとっては祖母)を亡くした母親を「解放」してあげることに躊躇する理由が、「母親だけがすっきりするのが嫌だから」というところで、私はちょっと立ち止まってしまった。
いや、分かる。世の中、綺麗事だけではない。悲しんでいる人間が、いつでも正しく優しいわけではない。自分だけが苦しんでいるような気がして、誰かが先に救われることすら許せなくなることもあるのだろう。
でも、それをちゃんと描かれると、「なんて性格の悪い……」と思ってしまう自分もいる。
たぶん、そのイヤな感じを逃がさず書くところが、芦沢央作品のうまさなのだろう。きれいに泣かせるのではなく、人の心の底にある、あまり見たくないみにくい感情まで引っ張り出してくる。まあ、それだからこそ“イヤミスの新女王”と言われているのでしょうね、という納得感はある。
そしてタイトルにもなっている「雨利終活写真館」の雨利というカメラマン。独特の雰囲気があり、人の心の真相をズバリ言い当てる系の人物で、設定としてはかなりいいのだが、少し影が薄かったなー
もっと雨利がグイグイ来るのかと思っていたら、意外と物語の中心はハナの後悔と家族のしこりにある。もちろん、それが「雨利終活写真館」という作品の肝なのだろうけど、せっかくこんな不思議なカメラマンがいるなら、もう少しこの人の背景も覗いてみたかった。
死んだ人にはもう会えない。けれど、残された側の記憶は勝手に動き続ける。美化もするし、後悔もするし、恨みもする。
「雨利終活写真館」は、そんな残された人間の面倒くささを、きれいにまとめずに見せてくる作品だった。
死別って本来、そんなに都合よく浄化されるものでもないのだろうなと思った。
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遺影専門写真館を舞台にしたミステリー連作
『人生の最期に最愛の人へ最高の自分を贈るために』
巣鴨の路地裏に佇む遺影専門の雨利写真館には、今日も死に向き合う人々が訪れる。撮影にやって来る人々の生き様や遺された人の人生ドラマを若手注目ナンバー1新進気鋭のミステリー作家・芦沢央が見事な謎解きで紡ぎ出す。
人生の終焉を迎える時、人は、本当に大切な物が見えてくる。
ミステリー、なのに心温まる珠玉の4編。
●一つ目の遺言状 ハナの祖母の遺言状。その内容が波紋を呼ぶ。
●十二年目の家族写真 母の死を巡り、父と息子の葛藤の日々が始まる。
●三つ目の遺品 写真館に遺された一枚の写真。そこに写る妊婦は?
●二枚目の遺影 末期癌を患う男性が撮った二枚の遺影写真。

