青崎 有吾 の「11文字の檻 青崎有吾短編集成 」を読んだ。
短編集の一編目から、いきなりこちらの記憶の引き出しを開けられるとは思わなかった。
本当に偶然だが、今から21年前のJR福知山線脱線事故を題材にした「加速してゆく」から始まる、青崎 有吾の短編集である。
この「加速してゆく」は、あと一本違えばあの電車に乗っていたかもしれない新聞社のカメラマンと、ある少年の話だ。
かなり重たい話である。けれど、ただ重たいだけではなく、「忘れない」ことが大事なのだと伝えるカメラマンの言葉が胸に残る。
事件当時、私はちょうど子どもが産まれて育児中だった。ようやくできたママ友と一緒に、テレビでこのニュースを知ったのだった。
私たちはテレビの中の未曾有の事故に、「信じられない、信じられない」と繰り返した。
こちらには、可愛い盛りの子どもがいる。テレビの中では、死傷者の数字がどんどん積み重なっていく。
その落差が、今思い出しても苦しい。
当時一緒にいたその友達の名前は、もう忘れてしまった。ひどい話である。でも、あのとき誰かが隣にいてくれて良かった、という感覚だけは残っている。
ごめんなさい。いつもは忘れてしまっている。けれど、これが私の「忘れない」だ。
当時大学生だった女性たちのインタビューを見た。めてご冥福をお祈りします。
そんなふうに始まる「11文字の檻 青崎有吾短編集成」だが、収録作のジャンルはかなり幅広い。
「恋澤姉妹」は、いったいどういうジャンルの話なのか。
作者本人は百合小説と言っていたようだが、SFアクションものでもあり、かなり変形の恋愛物語ともいえる。あらすじを説明しようとすると、どうにも難しい。少なくとも、世界の仕組みがちょっとおかしい話ではもある。
そして、タイトル・チューンとも言える「11文字の檻」は、とてもおもしろかった。
こんなミステリーを考えつくなんてすごいなー!
舞台は戦時下の日本を思わせる架空の場所だろうか。11文字のパスワードを解いたら出られる檻に集められたのは、戦争反対を表明した思想犯とされる人々である。
そこに一人の官能小説家が収容される。
本人は官能小説を書いたつもりなのだが、その登場人物が警察だか憲兵だかだったせいで、国家への侮辱とみなされたらしい。そんな、しょうもないと言っていいのかどうか分からない理由で、パスワードが解けるまで絶対に出られない檻に入れられてしまうのだ。
毎日一つだけ、パスワードを試すことができる。
このルールがなんともややこしい。けれど、そのややこしさこそが、この作品の面白さである。
収容された人々は、限られた情報の中で、少しずつ条件を洗い出していく。
毎日一回しか試せないし、その11文字はなんと漢字も含まれいるのだ。そりゃーすごい確率だ。
ものすごく制約の多い状態での暗号解読という感じで、とにかく楽しい。
私は暗号解読の難しい話になると、正直イマイチ頭に入ってこないことが多い。数字とか記号とかが並び始めると、「はい、ここは賢い人たちでお願いします」と目が泳ぐ。
でも「11文字の檻」は、そのあたりの読ませ方がうまい。
難しいことをしているのに、読者を置いていかない。むしろ、「なるほど、そう考えるのか」と一緒に檻の中で考えている気分になる。
それがどんなにすごいことなのかは、ぜひ読んでみてほしい。
スカッとする暗号ミステリーでありながら、その背景には、自由にものを言えない社会の息苦しさもある。軽快に読ませるけれど、決して軽いだけではない。
短編集らしく一作ごとに手触りが違う。それでも、どの作品にも「その設定でそこまでやる?」という青崎有吾らしいひねりがある。
重たい記憶に触れる作品から、ジャンルの境目をひょいひょい飛び越える作品、出落ちのようなショートショートまで。
読後に残る感情が一色ではないところが、短編集としてとてもよかった。
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『体育館の殺人』の衝撃のデビューから10年。“平成のエラリー・クイーン”と称された青崎有吾は、短編の書き手としても高い評価を獲得し、作品の幅を広げ続けている。JR福知山線脱線事故を題材にした人間ドラマ「加速してゆく」、全面ガラス張りの屋敷で起きた不可能殺人の顚末「噤ヶ森の硝子屋敷」、観測不能な最強の姉妹を追う女たちの旅路「恋澤姉妹」、奇妙な刑務所に囚われた男たちの知力を尽くした挑戦を描く力作書き下ろし「11文字の檻」に、人気コミックのトリビュート作やショートショートまで、10年の昇華である全8編を収録。
【目次】
まえがき
加速してゆく
噤ヶ森の硝子屋敷
前髪は空を向いている
your name
飽くまで
クレープまでは終わらせない
恋澤姉妹
11文字の檻
著者による各話解説
次に読みたい本
