王谷 晶 の「父の回数」を読んだ。
王谷晶といえば、私はまず「ババヤガの夜」を思い出す。あの作品の、あの独特の熱量と剥き出しの感じが印象に残っていたので、「父の回数」も身構えて読み始めたのだが、こちらはもう少し軽やかで、でも刺さるところはしっかり刺さる。そのバランスがとてもよかった。
一話目から「ビアンバー」という言葉が出てきて、最初はなんのことだろうと思うのだが、読み進めるうちに、主人公と“お姉ちゃん”と呼ばれる同居人がレズビアンのカップルなのだとわかる。ここで描かれる二人は本当に普通の人たちだけど、好きになる相手が同性だった。
親族でも婚姻関係でもない同性の二人だと、部屋を借りることすら難しい。言われてみればたしかに、この社会はまだ「男と女」という型にやたらと忠実で、それ以外には妙に不寛容である。
彼女たちは、別に社会を変えようとか、高らかに権利を主張しようとしているわけではない。ただ今日を平穏に生きたいだけで、不動産屋の前では「姉妹です。一度結婚したので姓は違いますが、離婚して・・・・もう結婚は懲り懲りです」なんて言って、その場を切り抜ける。このしたたかさと切実さに、笑っていいのかしんみりしていいのか少し迷う。
でも、そうやって取り繕わなければ住む場所すら確保しにくいのだとしたら、それはだいぶおかしいなーって、今まで呑気にいきて、気づきもしなかったことに気づかせてもらった。
表題作の「父の回数」はかなりしんみりしてしまう話だ。
生物学的な父親がユーチューバーで、大炎上の末に両親が離婚した、というだけでも息子にはかなりきつい話である。いまの「とうさん」は分け隔てなく接してくれる。だからこそ、前の父親にどんな感情を持てばいいのかわからない。その揺れ方がとても自然だった。実際に電話してみたら、思った以上に喜ばれて、こちらまで少し胸が動く。……
のだが、そのあとがひどい。なんというか、うへぇ、である。
インターネットによって承認欲求の気持ち悪い部分だけが増幅されてしまった感じがして、妙に嫌なリアリティがあった。
なんとなく、Youtuberって若い人のイメージだけど、この動画を自分の子や孫が見てもOKかという意識はもっといたほうがいい。
「父の回数」はすごく読みやすくて、面白かった。それと同時に、自分がいかに“大多数の道”を疑わずに歩いてきたかもよくわかった。知らなかった生きづらさを知れた、というだけでも読む意味があった気がする。
私は「ババヤガの夜」より、こっちの「父の回数」のほうが好きかもしれない。
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話題のシスター・バイオレンスアクション『ババヤガの夜』の著者が放つ傑作小説集。
父親が死んだという連絡がある。母親は三十年以上前に父と離婚してから、まったく没交渉だった人間だ。葬式を準備する私と母の顔には、「めんどうくさい」という字がくっきり刻まれている(「かたす・ほかす・ふてる」)。
誰にも同情されず、注目もされず、生きる営みを淡々鬱々と続ける人々の心を照らすものとは? 孤独な現代人の心を揺さぶる「ダイバーシティ」ファミリー小説五編。
こんな風に書かれる主人公たちが心底羨ましい。理屈じゃなくて、肌触りが好き。独り占めしたいから読まないでください!
―尾崎世界観(ミュージシャン・作家)
全編、順番を付けられないくらい好きです。そして、どのお話にでてくる人も好きです。
共に生きられなくても、あなたを生かしてくれるひとはいるのだよ、と王谷さんが語りかけてくれるようでした。
―町田そのこ(作家)
これはあなたの話であり、わたしの話であり、あなたのすぐ隣で生きているひとの話だ。
―永井玲衣 (哲学者・作家)
つながりは言葉のまえに、そこにあって、じぶんの家族も、本当は名付けられないなにかだ。
本書は家族という最小の社会につけられた、無数の傷を愛そうとするこころみである。
―海猫沢めろん(作家)
この小説たちは、まさに現代の「人間喜劇」(19世紀の文豪バルザックの小説群)だ!―(担当編集)
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「俺が今までで一番泣いた本、やるよ」
結局読まずにずっと机の上においてあるんだけどね。

