辻村深月の「ぼくのメジャースプーン」を読んだ。
子どもが成長をする音が聞こえるような、頼もしい話だった。
主人公は小学四年生の男の子。
おさな馴染みの女の子ふみちゃんが、事件のPTSDで心を閉ざしてしまった。
僕の持つ特殊能力を使えば、ふみちゃんにひどいことをした犯人に「復讐」をすることができる。
だが母親は、その前に彼と同じ能力者の秋山先生のところに行き話を聞いてくるように言う。
教育学部の大学教授である秋山先生は、普通の大人のように「復讐なんてしてはいけない」と言わない。
それどころか、犯人に対して僕よりも辛辣な罰をいくつも考え出す。
底が知れない秋山先生の言葉に徐々に「秋山先生が悪人だったらどうしよう」私のほうが怖くなる。
でも大丈夫。辻村深月ならそんな胸の悪くなるような話はしないはず。そう、彼女の本は本当に最後は性善説で終わるので好きだ。
小さな彼がずっとふみちゃんに責任を感じていたことを最後に告白するシーンはグッとくる。本当は僕があの日事件の第一発見者になるはずだったのに、と。
彼が熱をだして朝のウサギのえさやり当番にいけずふみちゃんにかわってもらったことで、彼女がウサギを殺した犯人に遭遇してしまったのだ。
あろうことか、その犯人は動揺するふみちゃんの写真をネットに公開しその容姿についていらぬことを書きこんだのだ。
こんな人でなしの大人がやったことにあなたたちがにそんなに苦しまないでほしい。
秋山先生がなんども言う「君はまだ子どもなのだから」という言葉に完全同意。
そんな大人に対して真剣に立ち向かう様子は本当にキラキラしていた。
大人になったら悪人を「諦めて」しまう事が多いけど、必ず反省させると思えるところが、転じて人を信じているのだなと思う。そしてそれは若さであり純真さであり、私がどっかに置き忘れてきた綺麗ななにかだ。
相変わらず辻村作品は世界を肯定しているようで、素晴らしいと思う。
ぼくらを襲った事件はテレビのニュースよりもっとずっとどうしようもなくひどかった――。ある日、学校で起きた陰惨な事件。ぼくの幼なじみ、ふみちゃんはショックのあまり心を閉ざし、言葉を失った。彼女のため、犯人に対してぼくだけにできることがある。チャンスは本当に1度だけ。これはぼくの闘いだ。(講談社文庫)
「書き終えるまで決めていたのはただ一つ、<逃げない>ということ。――私の自信作です」――辻村深月
ぼくらを襲った事件はテレビのニュースよりもっとずっとどうしようもなくひどかった――。ある日、学校で起きた陰惨な事件。ぼくの幼なじみ、ふみちゃんはショックのあまり心を閉ざし、言葉を失った。彼女のため、犯人に対してぼくだけにできることがある。チャンスは本当に1度だけ。これはぼくの闘いだ。
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