久坂部羊 の「絵馬と脅迫状」を読んだ。
冒頭から率直に言うと、面白かった。面白かったのだが、短編集ゆえの物足りなさもあった。
つまり「もっと読みたい」という欲が、肩透かしのような読後感に繋がってしまったというだけで、内容自体はどれも印象的だ。
本作「絵馬と脅迫状」は、医師でもある久坂部羊による医療ミステリ短編集。各話すべてに「医師ならでは」の視点が活きており、医療の現場でなければ描けないブラックユーモアや倫理のジレンマが詰まっている。
特に「爪の伸びた遺体」は、雰囲気の良い導入が素晴らしかった。じわじわと期待値が上がっていくなかで、主人公が信用できない語り手だったと明かされた瞬間、物語の温度が急に変わる。個人的には、そこで少し失速した印象を受けた。もう少し争点が明確に交錯してくれる展開が欲しかった。
逆に、構成として見事だったのは「悪いのはわたしか」だろう。モデルはきっと海原純子氏……と思わせる女医が登場する。医師が精神疾患を装っているという展開だけでもドキリとさせられるが、相手も医師なわけで、専門知識同士の“詐病×診断”バトルが繰り広げられる。その緊張感がクセになる。
「貢献の病」は、どこか筒井康隆的な老作家がモデルなのか?いや、ちょっと失礼か?
流石に、そこまでロートルではない。
全体としては「絵馬」や「若返りの泉」あたりから、明らかにユーモア小説の色が濃くなっていく。「笑える」ではなく「笑えない」方向のブラックさがじわじわ効いてくる。いずれも綺麗にオチていて、読後の余韻が重い。
なかでも強く印象に残ったのは「リアル若返りの泉」だ。
68歳の元教員が、突如として若返るような現象に見舞われる。髪が増える、肌艶が良くなる──最初は冗談半分でSNSに「髪の毛が増えた気がする」と投稿してみたら、まさかのバズり。やがてテレビ取材、雑誌取材と、世間の注目を浴びていく。若さを手にした彼は、妻を追い出し、若者と遊び始める。しかし、その若返りには恐ろしい“原因”があったのだ。
ネタバレになるが、「髪の毛が生えるがん」があるという話をここで初めて知った。実際にそういう病が存在するらしい。あまりに皮肉で笑っていいような悪いような。
ラストでは、出ていった奥さんが戻ってきてくれるのだが・・・
できれば含むところのない美しい話であってほしい(もはや願望)。
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医者、患者、病気、医学部、医学研究、医療。
生まれてから死ぬまで、人は病院と医者から離れられない。
「医」と「病」をめぐる6篇の傑作短編小説集。学生時代に自殺した親友と瓜二つの男が、新人医師として自分が勤務する病院で働きだした。以後、不可解な事件が頻発する。彼は誰なのか?(「「爪の伸びた遺体」」)著書はベストセラー、新聞の人生相談も好評、患者からの信頼も厚い女性精神科医のもとに「二度と人前に出られなくしてやる」と差出人不明の脅迫状が届いた(「悪いのはわたしか」 )。信心がまったくない医学信奉者の内科医が、病院の近所にある神社で同僚外科医の絵馬「手術が無事に終わりますように」を誤って割ってしまった。以降、降りかかる悲劇 (「絵馬」 )。突如として髪が増え始め、若返った元教員・泉宗一(68)の数奇な体験 (「リアル若返りの泉」)など全6篇。

