永井みみの「ミシンと金魚」を読んだ。
語りは、認知症のカケイおばあちゃんによる独白。
それはもう、圧倒的な話量である。
ひとたび語りだすと、あっちへ行き、こっちへ行き、思い出と妄想が入り混じる。その奔流に、聴き手は抗えず巻き込まれていく。
この「ミシンと金魚」は、Audibleで聴いて正解だった。ナレーションが絶妙にマッチしていて、カケイさんの語り口が耳に心地よい。可愛くてシニカルな老婆が頭に浮かぶ。
物語の中心にいるカケイさんは、かつて娘を亡くした過去を持つ高齢女性。現在の彼女の周囲にいるのは、息子の嫁と義理の姉、そして複数のヘルパーさんたち。なぜか彼女は、すべてのヘルパーを「みっちゃん」と呼ぶ。まるで、みっちゃんという存在がひとつの記号のように機能している。
彼女が受けている扱いは、決して尊厳を保ったものとは言えない。いや、むしろ高齢者としての尊厳を失わせるような、なんだかなえるものだ。
それでもカケイさんは、自分もかつて同じように年寄りを馬鹿にしていたと回想し、「因果応報よね」と、どこか達観している。
そして、「ミシンと金魚」の最大の魅力は、カケイさんがボケているのか、あるいは全てを理解したうえで“とぼけて”いるのか、分からなくなる瞬間が幾度となく訪れる点だ。
忘れてはいけないことを忘れてしまい、覚えていなくてもいいことはやけに克明に語る。
散々コミカルな話かと思わせておいてから始まる、亡き娘「みっちゃん」のエピソードは記憶をなくすことのない読者の私達にはとても切ないものだ。
物語の終わり、彼女は「手のひらに花が咲く」のを見る。
これは、彼女の祖母が死を迎える直前に見たという幻影と同じ。その瞬間、カケイさん自身も、静かに自らの終わりを悟る。
倒れてもなお、彼女の饒舌は止まらない。思いがあふれ続ける一生だった。
「ミシンと金魚」は、Audibleでこそ味わえる読書体験だ。
永井みみの巧みな構成と、カケイさんという強烈なキャラクターが融合し、耳から染み込んでくる。ぜひ「聴いて」ほしい一冊。
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【第45回すばる文学賞受賞作】
【選考委員絶賛!】
小説の魅力は「かたり」にあると、あらためて感得させられる傑作だ。――奥泉光氏
この物語が世に出る瞬間に立ち会えたことに、心から感謝している。――金原ひとみ氏
ただ素晴らしいものを読ませてもらったとだけ言いたい傑作である。――川上未映子氏
(選評より)
【絶賛の声続々!】
「言葉にならない」が言葉になっていた。掴んだ心を引き伸ばして固結びされたみたい。今もまだ、ずっとほどけない。――尾崎世界観氏(ミュージシャン)
いまだに「カケイさん」の余韻が、胸の奥をふわふわと漂っています。生きることの全てが凝縮されている、とてもいい物語でした。――小川糸氏(作家)
カケイさんの心の中の饒舌に引き込まれているうちに、小説としてのおもしろさと力強さに頭をはたかれました。読み終わった時には、自分自身が癒されて、私ももっと小説を書きたい、頑張りたい、と強く思いました。――原田ひ香氏(作家)
カケイさんの中に亡き祖母を見た。祖母もきっと見ただろう花々に私も出逢えると信じて、これからも生きてゆこう。――町田そのこ氏(作家)
認知症を患うカケイは、「みっちゃん」たちから介護を受けて暮らしてきた。ある時、病院の帰りに「今までの人生をふり返って、しあわせでしたか?」と、みっちゃんの一人から尋ねられ、カケイは来し方を語り始める。
父から殴られ続け、カケイを産んですぐに死んだ母。お女郎だった継母からは毎日毎日薪で殴られた。兄の勧めで所帯を持つも、息子の健一郎が生まれてすぐに亭主は蒸発。カケイと健一郎、亭主の連れ子だったみのるは置き去りに。やがて、生活のために必死にミシンを踏み続けるカケイの腹が、だんだん膨らみだす。
そして、ある夜明け。カケイは便所で女の赤ん坊を産み落とす。その子、みっちゃんと過ごす日々は、しあわせそのものだった。それなのに――。
暴力と愛情、幸福と絶望、諦念と悔悟……絡まりあう記憶の中から語られる、凄絶な「女の一生」。
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おばあちゃん風ナレーションといえばこちら。これもすごかったよ!
