辻村深月の「凍りのくじら」を読んだ。
章のタイトルはすべてドラえもんの秘密道具。子どものころから藤子・F・不二雄作品に親しんできた人なら、ページを開くたびに「あ、これ知ってる」と心がくすぐられる。物語全体から、作者の藤子F愛がじんわりと伝わってくる。
主人公の芦沢理帆子は、とても「傲慢」な女子高生だ。
友達や彼氏、時には母親までも少し見下しつつも、表面上は器用に仲良く暮らしている。
彼女はとても賢く、自分の傲慢さや、本気を出さずに安全圏に立ってしまう癖もよく理解している。
どんなグループにも溶け込めるが、心の奥では「ここは自分の居場所じゃない」と、常に少し距離を置いている。
そんな自分を彼女は「少し不在」と表現する。
作中には「少し〇〇」という表現が何度も出てくる。これは、藤子・F・不二雄が自身のSF作品を「少し不思議」と表現した言葉から来ている。
物語は、20代になった理帆子の現在から始まる。今の彼女はとても幸せそうだ。
しかし高校時代は、父の失踪、母のがんによる余命宣告、そしてストーカー化した元カレと、次々に試練が襲いかかっていた。
母との関係も決して良好とは言えず、「切り花より鉢植えのほうがいい」という母の言葉を、「長持ちしないから切り花は嫌だなんて、貧乏くさくて余裕がない」と辛辣に評してしまう。
そんな“切り花事件”を、ある男の子がサラリと覆す。
「ひどいなぁ。彼女は切り花が生き物の死骸みたいで怖いだけかもしれないよ」。
ほんの一言が、人の見方や解釈をやわらかく変えてしまう瞬間だった。
娘は母に厳しくなりがちだ。これは私自身にも思い当たる節がある(自戒を込めて)。
この男の子の正体は、物語の核心なのであえて触れないが、最後には少し不思議で温かな余韻を残してくれる。
(まあ、ダメさ加減のひどい元カレだけは浮上しないままみたいだったけど)
ドラえもん再読したくなること請け合い。
藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う1人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な“道具”が私たちを照らすとき――。(講談社文庫)
辻村ワールド、最高傑作登場
高校2年、芦沢理帆子――。「家に帰れば、本が読めるから」誰と話しても、本気で楽しいと思えたことがなかった。あの光と出会うまでは。
「この物語は辻村さんの小説の中でも特別な感じがする。」――瀬名秀明<「解説」より抜粋>
