水木しげるの「姑娘」を読んだ。
学生でもなく、テレビもほとんど見ない日常を送っていると、かつて毎年この時期になると否応なく考えさせられていた「戦争」のことに、すっかり触れなくなってしまっていた。
やっぱり、それはよくないなと思い、久しぶりにこの本を手に取ってみた。
表題作の「姑娘」は比較的読みやすいが、後半にかけては戦争を題材にした短編が続き、一気に読みづらくなる。
まだ、絵柄も水木しげるらしさが乏しく、「洗練」されていないのだ。
あとがきによれば、この作品群は貸本マンガ時代に描かれたもので、原稿が失われていたため、唯一残っていた貸本漫画をもとに復元したそうだ。
だからなのか、全体的に画質がザラザラしていて荒削り、文字も詰まっているし、なにより、内容に馴染がなさすぎてかなり読みづらい。
とはいえ、あとがきでは水木節はしっかり健在だ。本人いわく
普通の人には、どうも面白くないらしい、本が売れないから原稿料も安かった。すなわち(何度も言うようだが)読んでで盛らなかったわけだ。
と、いつもの調子で飄々と語っていて、それがなんだか微笑ましい。
そして、なによりも印象に残ったのが、以下の一節。戦争体験者でしか書けない、リアルが詰まっていた。
これらの漫画をみて、あの戦争の“気分”というか“気持ち”をくみとってもらうとありがたい。
それこそ、みな“なんとも名状しがたい気分で”当時の若者は戦いに行ったのだ。
とても“大変な気持ち”だった。
いまから思うと、一生使うエネルギーを二年間で使い果たすような緊張だった。
「戦争」から帰ると、なんだかぬけがらみたいな感じが五年ばかりつづいた。
「うん、オレは生きてるんだ」と身体をつねって自問自答したものだ。
「死に花を咲かせる」なんて、本当に言ってたんだな。
ニュースでは毎日のように、「なにかよくないこと」が起こっていると報じている。なんとなく、「最悪な時代」という雰囲気を感じてしまうのは私だけか?
でも少なくとも、今の私達は、「命をもって責任を取る」なんてことには陥らない。
やはり恵まれたじだいなのだろう。
年に一度くらいは、こうして漫画を通じてでも、平和の尊さを思い出したいと思う。。
中国侵略の途上、日本軍のある部隊が山村にいた若い美女・姑娘を発見、捕虜とする。だが姑娘と出会ってしまったことで、分隊長と上等兵の運命は予想もしなかった方向へと向かい出す(表題作)。その他、戦艦大和艦長・有賀幸作の苦悩を描いた「海の男」など4作品を収録。戦争を体験した著者が描く戦争の悲劇。

