iCHi's diary~本は読みたし、はかどらず~

主に忘れっぽい私の読書録。最近はもっぱらAudibleで聞く読書

『大樹館の幻想』乙一が仕掛ける衝撃の“親子バディ”

乙一の「大樹館の幻想」を読んだ。

 

「未来の胎児と会話しながら事件を推理する」という言葉だけで、読まずにはいられなかった。設定だけを聞けばSFかファンタジーと思いきや、これが実に堅実な「館もの」ミステリであるというギャップにまず驚く。

 

 

メイドのホトトギスが、自分のお腹にいる未来の子ども「つばさ」と会話しながら、館で起こる謎を解いていく。なんだそのバディ!?と最初は笑っていたが、読んでいくうちに妙なリアリティが立ち上がってくるのが乙一の魔力である。「大樹館の幻想」という作品タイトルが二度と忘れられなくなるような、密室と時間をめぐる独特の世界観がそこにはあった。

 

物語には、美男子三兄弟が登場するのだが、私は断然、次男の「すいせい」派である。ワイルド系で何かと突っ走りがちなのだが、それが妙に憎めない。こういうキャラが一人いると話に勢いが出る。そういう意味でも、「大樹館の幻想」は登場人物の配置が絶妙だった。

 

そして気になるのが、胎児の父親の存在である。メイドであるホトトギスに当然ながらご主人様がいるのだが、この人物が物語の中で一切姿を見せないのが不気味だ。名前すら出てこないのに、影だけが濃く漂っている。おそらく意図的な演出なのだろうが、だからこそ「この人が父親なのでは?」という疑念が生まれてしまう。

 

終盤には、館そのものが物理的に“◯転”するという、なかなか衝撃的な展開も待ち受けている。これはこれでよし。きらいじゃない。
そして密室の謎に関しては極めてロジカルでパズル的。……いや、正直なところ、私は途中でついていけなかったのだが、久しぶりに王道の館ミステリーをしっかり味わえた。

 

ホトトギスは、未来の子どもに「つばさ」という名前をつけるつもりでいて、しかも胎児本人も「つばさです」と名乗ってているのに、作中では一貫して「胎児」と呼んでいる。その微妙な距離感が、彼女の抱える戸惑いや不安を象徴しているようで印象的だった。

乙一の新境地とも言える「大樹館の幻想」、奇想と重厚さのバランスがおみごとでした。

大樹館の幻想 (星海社 e-FICTIONS)

乙一史上初となる「館もの」本格ミステリ、堂々の落成!

ーー決して解かれえぬ謎と共に炎に包まれ、この世から消え去った「大樹館」。
この館に住み込みの使用人として働く穂村時鳥は、「これから起こる大樹館の破滅の未来」を訴えるおなかの胎児の声を頼りに、その未来を塗り変える推理を繰り返すがーー!?

次に読みたい本

改訂完全版 斜め屋敷の犯罪 (講談社文庫)