津村記久子の『ポトスライムの舟』を読んだ。
ユーモアの底に、じっとりと怖さがへばりついているような作品だった。
主人公のナガセは、30歳目前の女性。
多くは語られないが、新卒で就職した会社をパワハラで辞め、しばらくの休業を経て工場に勤務している。
それだけでなく、カフェの手伝い、パソコン教室の講師、データ入力のバイトと、休む間もなく働いている。
なにかに取り憑かれたように働く彼女は、「今が一番の働き盛り」と腕に入れ墨を入れたらどうか──なんて冗談のような、本気のような思考を巡らせながら仕事を続ける。
そこには「働きがい」も「高いモチベーション」も「出世欲」もない。
ただ「自分の時間を切り売りして」お金を得ている、という感覚だ。
世の中のお仕事小説や勤労賛歌とは一線を画し、ナガセはただ「食べるため」に働いている。
そんな彼女が、ふと見かけたポスターの「世界一周船旅」の金額と、自分の年収がほぼ同じであることに気づく。
——私の一年間の労働は、世界一周と同じ重みだ。
あらすじだけ聞けば、ちょっとユーモラスで面白い話に聞こえるかもしれないが、私は読んでいるあいだ中ずっと、彼女のきわどさにハラハラしていた。
風邪をこじらせても血が出るほど咳が出ても病院に行かず、工場からの帰りのバスで彼女はついに倒れてしまう。
貧困のループに絡め取られ、ゆっくりと熱湯になっていく湯舟のように、抜け出すタイミングを失っていく——その様子が心底怖かった。
とはいえ、私が心配するほど悲しい結末では終わらない。
むしろ物語は、友人の娘へのプレゼントを選ぼうとする彼女の穏やかな思考で締めくくられる。
それどころか、読後にはなぜか「仕事をがんばろう」と思えてくる、不思議さ。
「稼ぐに追いつく貧乏なし」ってことわざが一番しっくりくる。
思わず、私ももう一つ仕事してみようかしら、と思って、タイミーを眺めてしまった。
……やってみたいけど、人見知りゆえ、なかなか勇気が出ない。
それにここ数十年立ち仕事をしていないから、いきなりやったらマッサージ代のほうが高くつきそう。
ちなみにタイトルの「ポトスライム」は、あの観葉植物のこと。
肉厚で黄緑の、ちょっとハート型の葉っぱをつけたツル性植物で、どんどん増えていく。
主人公はその増殖ぶりを見て、「これを食べたらどうか」と思い立ち、炒め物、おひたし、サラダと、いろんな料理法を夢想する。
なんて面白い人だ!確かにちょっとおいしそうかも。(実際には食べられないらしいが)
芥川賞受賞作
29歳、社会人8年目、手取り年収163万円。
こんな生き方、働き方もある。新しい“脱力系”勤労小説
29歳、工場勤務のナガセは、食い扶持のために、「時間を金で売る」虚しさをやり過ごす日々。ある日、自分の年収と世界一周旅行の費用が同じ一六三万円で、一年分の勤務時間を「世界一周という行為にも換金できる」と気付くが――。ユーモラスで抑制された文章が胸に迫り、働くことを肯定したくなる芥川賞受賞作。
次に読みたい本
因みに私はこれを持っております。表紙は有名な嫌われ者「セイタカアワダチソウ」だが、その新芽はジェノベーゼの代わりになるほど香り高く美味しいいらしい。
確かにちぎって嗅いでみるとびっくりする程よい香りである。
ナガセもポトスより、セイタカアワダチソウを食べるべきだ。