とてもおしゃれで都会的なショートストーリー(ただし80年代の)
カッコいいんだけど油断するとついていけなくなる。
だってこんなセリフ吐くんだよ。
「私はただの形而上学的な足の裏をもったの女の子なの」
わかってもわからなくても黙って微笑み返す。これが村上春樹的常識。
中にとても長いタイトルのとても短い話がある。
「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子と出会うことについて」
あまりにも寓話的で都会のイソップ童話みたいな話なのだが、4月のある晴れた日、と書かれた時点で春の強い風とか若さとか萌るものを感ずる。
互いに100%だと思った少年少女は「もし僕らが本当に100%の二人なら、一度別れてももう一度会えると思いませんか?もしもう一度出会ったらきっと結婚しましょう」とかいって別れるのである。
なんという、自信。そして浅はか。
案の定、二人はそのまま10年以上出会わず互いに70%とか80%の恋人と出会ったり別れたりを繰り返す。
ある日、二人はまたすれ違うのだが「大人」なのであの頃のように純粋に声を掛け合うことができず、そのまま歩み去っていくのであった。
そして「とても悲しい話ですね。」で締めくくられる。
めちゃくちゃ「シティナイズド」された説法みたいな、ね。
と茶化しつつもステキな作品で若い頃に戻りたいって胸がぎゅっと掴まれるような気持ちになる。
24編のとても短いお話がはいって、最後は「不思議な図書館」の話が収録されている。
ああ、またドーナツ食べたくなっちゃったよ。
短いので、村上春樹節が苦手な人にもとっつきやすいかも。
それにしても、この本のレビューでこう書いている人がいてホントそうだよなーと思った。
この世には2種類の人間がいる。村上春樹を読む人間と読まない人間だ。
言いえて妙。私はまだ「読まない人間」じゃないかしら。
だって、いつもいつも「うわー村上春樹や」と思いながら読んでるもん。
ハルキストじゃないもん。
「ねえ、あの袋の中に入るって素敵だと思わない?」…表題作/「ねえ、もう一度だけ試してみよう。もし僕たち二人が本当に100パーセントの恋人同士だったなら、いつか必ずどこかでまためぐり会えるに違いない」…「4月のある晴れた日に100%の女の子に出会うことについて」村上春樹が「毎月一篇ずつ楽しんだり苦しんだりしながら産みだしてきた」、都会の片隅のささやかな18篇のメルヘン。
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ほしいほしいと思っていたら、50%オフになっていたのでいそいそとポチる
この、値下がりを待ってタイミングよく買う感じ・・・相場師?
カンガルー日和とは全く関係ないけど、これもおそらく80年代だしおしゃれだし。