荒木源 の「独裁者ですが、なにか?」を読んだ。
表紙を見れば一目瞭然だが、この小説は某国の独裁者が主人公の一人称物語である。
想像以上にクレバーで繊細な心を持つ金正恩を模した「ジョンウイン」。
あえて変名にする必要がないほど、習近平やトランプ大統領を思わせる登場人物まで登場するのだから、もはや遠慮のないストーリーと言えるだろう。
何より、独裁者を主人公に据えたという発想がすごい。
考えてみれば当然のことだが、私にとって彼は「信じられないほどの悪役であり独裁者」だ。しかし、同時に一人の青年でもあるのは事実だ。
今まで「何を考えているのかまったく分からない」と思っていたし、そもそも彼の心の中を想像しようと思ったこともなかった。
だが本作を読むことで、たとえ完全に正解ではなくとも、「なるほど、こういうことを考えているのか」と、脳の幅を強引に広げられるような感覚を味わった。
作中ではあの独特の髪型をネタにした場面もあったが、北朝鮮という国家の視点に立つと、「アメリカの本気度を探るため、まず日本にミサイルを落としてみる」というのは、決して突拍子もない話ではないのかもしれない。
一時期は頻繁にミサイルを撃っていたが(そういえば最近はあまり飛んでこない)、まるで「便秘解消の記念ボタン」くらいの軽いノリで押しているのではないかとすら勘ぐってしまう。
しかし、こうして別の角度から描かれると、もう少し真剣に脅威として受け止めるべきなのかもしれない、と考え直した。
この本は完全にエンターテイメントとして面白く読めるが、最後には独裁者がその対価を支払い、抹殺される展開となる。
小説の素晴らしいところは、どんな人物に対してもその心を想像する余地が生まれる点だ。
悔しいけれど、この独裁者の青年にも、どうしようもなかった部分があったのかもしれない——そんな風に思わず同情してしまった。
この本は、ちょっと(いや大きく)視点を変えたらこんなふうに見えるよねという視点を与えてくれた本。
とはいえ、そんな堅苦しいものでもなく完全にエンタメ。気楽に読めるのでぜひ。
ペックランド人民党中央委員会委員長・ジョンウインは、ミサイル実験の発射ボタンを押す作業に日々勤しんでいた。
そんなある日、ヤップランドから取り寄せたお話しAIロボットが届く。まるで樽のような体型のそれは、いきなりなれなれしい口調で話し出した。聞けば、自分は、暗殺された彼の異母兄、ジョンナム-ルだという。
一体これはなんの冗談か? と怒りを露わにしたジョンウィンだったが、次第に彼との会話を頼みにするようになっていく。
だがもちろん、何事もない日々がそんなに長く続くはずはなかった――。
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シワの描写エグっ!