向田邦子の「思い出トランプ」を読んだ。
私はこの人のことをエッセイストだと思っていたのだが、脚本家というのが正しいらしい。流石にリアルタイムでは観ていないが「寺内貫太郎一家」などはうっすら覚えている。
どおりで、文章が映像的しかも昭和のドラマ的なかんじ。
短編集で、それぞれの話には特につながりはないのだが、一つ一つが市井の人たちの生活を丁寧に書き綴っていったストーリーだ。
旦那に浮気される女房の話だったり、父親の葬式を出す話だったり。
取り立てて大事件が起こるわけではないけど、誰でも人生に一つはこういう場面を持っていているんだと思わされる。
素敵なシーンや羨ましい状況ではない。だが、全くの不幸でもない。
ちょっとユーモラスだったり、なんだか寂しくなったり。
どんな人生にも純度100%の幸せもはない。でも100%の寂しさもなくて、
いくつもの感情がそれぞれの割合で織り交ぜられているんだと気づかせてくれる。
全部読み終わる頃には、ダメなところもあるけどひっくるめて人間ってみな、愛おしいと思えてしまう。
かなり昔に一回読んでいたらしく、子どもに怪我をさせてしまう「大根の月」という話だけはおぼえていて、読みながらとてもハラハラした。
なんで大根の月というかは、読んでからのお楽しみ。
こういうタイトルの付け方ってホント「生活者」という感じがする。
自分で大根を切ったことがないと絶対に思いつかない。
他には「花の名前」も良かった。
旦那の浮気相手から電話がかかってきて、ホテルのラウンジに呼び出されるのだが「ただこういう者がいることを知ってて欲しくて」と言われるのだ。
自分が同じ状況になったら、一体どうしたらいいんだろうか。
たぶん彼女と同じように怒るポイントも泣くタイミングも、何もかもわからなくなる気がする。
ただ、私ならそんな状況になったらいちばん高い服を着て、美容室にいって化粧もしてもらってから行くな。それかスタンガンと布団袋を持っていくか・・・(犯罪の匂い)
(彼女はとりあえず途中までやっていた家事を終わらせてから行く)
流石に40年以上前に書かれた小説なので、テレビに終了時間があったり、国鉄が走っていたりと風俗は古びては来ているけれど、生きている人間の感情は変わらないことがよく分かる。
累計200万部! 1980年上期、直木賞受賞作を含む13編。
何と超異例! 「小説新潮」連載中に直木賞受賞となった連作小説。浮気の相手であった部下の結婚式に、妻と出席する男。おきゃんで、かわうそのような残忍さを持つ人妻。毒牙を心に抱くエリートサラリーマン。やむを得ない事故で、子どもの指を切ってしまった母親など――日常生活の中で、誰もがひとつやふたつは持っている弱さや、狡さ、後ろめたさを、人間の愛しさとして捉えた13編。直木賞受賞作「花の名前」「犬小屋」「かわうそ」を収録。
【目次】
かわうそ
だらだら坂
はめ殺し窓
三枚肉
マンハッタン
犬小屋
男眉
大根の月
りんごの皮
酸っぱい家族
耳
花の名前
ダウト
次に読みたい本
向田邦子は 直木賞をとった翌年の1981年に台湾の飛行機事故で亡くなっている。
当時きっと大ニュースになったんだろうと思うが、ぼんやりした子どもだったので、全く覚えていない。
享年51歳、これから更に円熟味がました作品が数多く生み出されたろうに
神さも酷なことをなさる。