iCHi's diary~本は読みたし、はかどらず~

主に忘れっぽい私の読書録。最近はもっぱらAudibleで聞く読書

「新釈遠野物語」ホラ話が紡ぐ新たな民話

井上ひさしの「新釈遠野物語」を読んだ。

柳田國男の「遠野物語」をベースに、新しく井上ひさしが「ホラを吹いた」連作短編集だ。

 

 

いくつかの話はすぐに「遠野物語」をベースにしているとわかるが、最後まで元ネタがわからないものもある(もっとも、これは私が遠野物語を完全に覚えているわけではないから仕方がないのだが)

 

 

登場人物は「犬伏」老人と私のみ。

 

職場の近くで仲良くなった老人に昔話を聞いてまとめたものという体裁だが、「遠野物語」と最も違うところは、その話がすべて「犬伏老人本人」の体験談ということ。

 

2話目くらいからすでに時系列がおかしいというか、老人が何歳なのか謎すぎる展開に。

 

なんかおかしいなぁと思いながらも、それぞれの話は遠野物語に出てくる話をモチーフにしつつ、妙に人間味に溢れていて引き込まれてしまう。

 

そして最後には、こんなオチが待っていようとは。

 

そりゃーそうだよなぁと思いつつ、私も読者もすっかり騙されてしまうのである。

 

井上ひさしの筆致が生き生きとしており、読後の余韻が心地よく残る一冊であった。

みなさんも爽やかに「ズコーッ」ってなってほしい、まさに名作である。

 

新釈遠野物語(新潮文庫)

 

奇抜、夢幻、残酷、抱腹、驚異、戦慄、そして、どんでん返し。
パロディではありません。名著を凌ぐ、読み応え抜群の連作集。


東京の或る交響楽団の首席トランペット奏者だったという犬伏太吉老人は、現在、岩手県は遠野山中の岩屋に住まっており、入学したばかりの大学を休学して、遠野近在の国立療養所でアルバイトをしている“ぼく"に、腹の皮がよじれるほど奇天烈な話を語ってきかせた…。
“遠野"に限りない愛着を寄せる鬼才が、柳田国男の名著『遠野物語』の世界に挑戦する、現代の怪異譚9話。

目次
鍋の中
川上の家
雉子娘
冷し馬
狐つきおよね
笛吹峠の話売り
水面の影
鰻と赤飯
狐穴
解説 扇田昭彦
電子書籍版には解説は収録しておりません。

本文より
老人は弁当を使うぼくを眺めながら、他所では河童の面(つら)は蒼いというが遠野や釜石に棲む河童の面はどうしてだか赭(あか)いのだとか、この近辺の猿は暇さえあれば躰に松脂(まつやに)をなすり込みその上から砂を塗りたくっているが、それを繰返している毛は鉄板よりも堅く丈夫になり猟師の射(う)つ鉄砲の玉を難なくはね返すだの、深い山に入るときは必ず餅を持って行くことを忘れるなだのと、さまざまな話をしてくれるのだった。
(「川上の家」)

本書「解説」より
『新釈遠野物語』で作者が強調しようとしたのは、この世界を固定した見方でとらえるのではなく、日々新鮮な驚異と賛嘆のまなざしでみつめる姿勢だったと私には思われてならない。この本で展開する物語の多くは、たしかに常識的で合理主義的な見方からすれば、荒唐無稽で怪しげな超現実の物語ばかりだと思われるかもしれない。だが、私たちの生命が、たんなる個的なものではなく、実は驚くべき事象にあふれた自然や宇宙の大いなる息づかいのうちにあることを感じとるとき、これらの物語はフィクショナルな限界を超えて、切実なリアルなものになる。
――扇田昭彦(演劇評論家)

 

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