iCHi's diary~本は読みたし、はかどらず~

主に読書録。読み終えた本がこのまま砂のように忘却の彼方に忘れ去られるのが申し訳ないので、書き留める。要は忘れっぽい読者の読書日記。

「アメリカン・マスターピース 古典篇」ナレーターがいいのでぜひ「聞いて」ほしい

柴田元幸の「アメリカン・マスターピース 古典篇」を読んだ。

 

柴田元幸といえば、海外文学に全く明るくない私でも目にしたことがある有名翻訳者だ。

エドワードゴーリーの「うろんな客」なんかの訳もしている。

 

ちょっと硬そうな表紙にビビって聞き始めたが(今回もAudible読み上げだ)初っ端の話、ホーソーンウェイクフィールド」がめちゃくちゃおもしろかったので、いい意味での裏切られた。

 

しかし今回私が一番良かったのは、ナレーター。

 

なんと訳者の柴田元幸自身が読んでいるのだ。

たまに、作者本人が読み上げる本があるが、大抵は「節約?」とか失礼なことを考えてしまう。だが、今回は恐れ多くも節約で自分で読んでいるわけではない(と思う)

何らかの想い(おそらく愛着とか)があって本人読み上げになっているんだろうけど、この素人臭い語りがめちゃくちゃ合うのだ。

 

ほら、となりのトトロのお父さん訳を糸井重里がしているように、語りの技術よりその人そのものの良さにぐっと来ることがあるでしょう。

 

まさに、今回はそんな感じなのだ。

 

アマゾンに目次がなかったので、僭越ながら書いておこう。

 

古典の名著らしいが、残念がら私が知っているのは、マーク・トウェインエドガー・アラン・ポー、O・ヘンリーのみ。

 

全部おもしろかったのだが、「ウェイクフィールド」「書写人バートルビー」「本物」「火を熾す」が良かった。

 

ウェイクフィールド

ウェイクフィールドは、ある日ふと失踪を企てる。

何の理由もなく隣の通りのアパートに引っ越し、10年以上妻のもとに戻らなかったのだ。

最初は1週間程度の悪ふざけのつもりだったのだが、帰るタイミングを失うのだ。

隣町に十数年ですよ・・・妻の身になってほしい(その後妻からみたこの物語が書かれたそうである。絶対そっちのほうが面白いだろう)

 

「書写人バートルビー

バートルビーは人の名前だ。彼は最初はよく働く事務員(法律を書き起こす書写人)としてやとわれたのだ。しかし、絶対にみんなが嫌いな「校正作業」をしない「そうしないほうが好ましいのです」と言って、絶対にその意思を曲げない。

 

最初は起こった周囲もとうとう根負けをする。

その後、かれは、目が痛いという理由で一切仕事をしなくなる。仕事をしないのであれば首だと申し渡しても「そうしないほうが好ましいのです」といって会社の一角に居着いたままでていってくれない。

 

とうとう根負けして、自分たちが引っ越すことにする。それでも彼は、その場所にいつづけて・・・というまさに不条理な話。

なぜバートルビーの「そうしないほうが好ましい」に従ってしまうのか。

ただ、この本を読むとほとんどの人は、不本意なことに対して「そうしないほうが好ましいのです」と言ってしまうだろう。

 

「本物」

本物の紳士とレディが零落してしまう話。善良なる二人の鈍感さが痛ましいような鬱陶しいような。そして、だんだん恐怖すら感じさせる。

これもまた「なんだかよくわからないけど怖い話」

 

「火を熾す」

雪山の怖さを舐めて単独で走行しようとして、自然の偉大さに勝てずに凍死をしてしまう話。人が死んでしまうまでの思考の軌跡はまさしくこのような感じなんだろうと思う。

最初は、自分が死ぬなんて思いもよらない。おそらく頬はひどい凍傷になるだろう、なんて甘い見積もりが、気がつけば指も動かせないほどの凍傷になってしまっているのだ。

慌てて火をおこそうとするのだが、体が思うように動かせないことで失敗をしてしまう。

それでも彼はまだなんとかなると思っている。だんだん、自分は死んでしまうかも知れないとうっすら思いつつも全く諦めない。お供の犬を殺してその体の中に潜り込んででも生きようとするのだ。(大丈夫犬は死なない)

不思議なことにこの男が一貫してちょっと嫌なヤツなので、死んでしまうまでを物語られてても読者はそこまで感情的になることがなくなぜか淡々と読んでしまう。

 

今までに読んだことがないタイプの物語が多くて、流石「マスターピース」と銘打つだけある傑作ぞろいと感嘆した。

 

 

アメリカン・マスターピース 古典篇 (SWITCH LIBRARY 柴田元幸翻訳叢書)

 

19〜20世紀初頭のアメリカ短編小説と詩を集めたベスト版。編訳者は「ここまで直球の選び方は初めて」と記す。
巻頭のホーソーンウェイクフィールド」は、幻想文学の巨人ボルヘスが「文学における最高傑作の一つ」と評した。推理小説というジャンル自体を生み出したポー「モルグ街の殺人」など、今に生きる古典の数々にしびれる。『準古典篇』『現代篇』も刊行予定。 --朝日新聞

 

 

次に読みたい本

黒猫・アッシャー家の崩壊 ポー短編集I ゴシック編 (新潮文庫)

 

ポーなら「アッシャー家の崩壊」を載せようかと思ったが、世界で初めてのミステリー作品であるモルグ街の殺人にした。と書いてあったので。

 

白鯨 上 (岩波文庫)

一番おもしろかった「書写人バートルビー」は白鯨を書いた人らしい。

 

 

さて、奇しくもアメリカの大統領が決まった日にこの本を読んだ。

トランプ大統領がなるとは驚きだ。

全く「そうしないほうが好ましい」選択だと思うのだが、極東の地方在住の白人ではない中年女性のご意見などかの大国の大統領には全く届かないのだろう。やれやれ見損なったよ。